国際学部 多文化共生トークセッション [龍谷共と。]

2015年4月、龍谷大学は、国際文化学部を、国際都市・京都の深草キャンパスへ移転・改組し、新たに国際学部を設置します。これを記念し、多文化共生を実践するゲストを迎えて、国際文化学部教員(国際学部就任予定教員)とのトークセッションを開催。
グローバル化する社会の未来を切り拓きます。

国際学部 多文化共生トークセッション [龍谷共と。]

第2回テーマ 私たちだからこそできる
世界の課題解決への
グローバルリーダーシップ

国際機関にて国際紛争の解決や人道支援に携わるグローバルリーダーの視点から、後進となる未来ある若者が世界で活躍するために必要なことや、私たちだからこそできる世界を結ぶリーダーシップを語りました。

開催日時 : 2014年9月28日(日) 会場:龍谷大学 深草キャンパス4号館地下

ゲストプロフィール

渡部 真由美 氏

平和構築コンサルタント/ 元国連職員渡部 真由美1973年神奈川県生まれ。1999年から2002年までコソボにて特定非営利活動団体ADRAJapanの現地駐在事務所代表として、緊急人道支援並びに復興支援に従事。英国ヨーク大学政治学院・戦後復興研究修士号取得後、国際協力機構(JICA)にてパレスチナ支援等の企画調査員として勤務。その後、外務省主催国際機関派遣制度(JPO)に合格し、2004年国連事務局ニューヨーク本部に赴任。現在は、東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム博士課程に在籍。

龍谷大学国際学部登壇者
清水 耕介教授国際文化学部清水 耕介教授
(国際学部グローバルスタディーズ学科就任予定)

トークセッションダイジェストムービー

9月28日に開催された龍谷大学国際学部第2回多文化共生トークセッション「私たちだからこそできる 世界の課題解決へのグローバルリーダーシップ」のダイジェストムービーです。
全ての内容をご覧になりたい方は、こちらからご覧ください。

前編 https://www.youtube.com/watch?v=0Uuyykmd2eo

後編 https://www.youtube.com/watch?v=FePfs2sseVA

トークセッション まとめ記事

2015年4月開設龍谷大学国際学部
グローバルスタディーズ学科の特徴

清水教授

清水教授留学とエシックス(倫理観)にこだわる

この学科を作ったのは比較的若手のメンバーです。自分達の子どもを学ばせたいと思えるような納得のいく教育をやってみようという志のもと、学科作りを進めてきました。特にこだわったのが留学です。一般的にこの種の学部・学科の留学は現地の大学付属の語学学校に通うというものですが、当学科では海外の大学の正科、つまり普通の大学生が受けているクラスに入ってもらいます。正直かなり厳しい留学になると思います。しかし、それについていける力をつけてもらいたいし、万一、ボロボロに叩かれて帰ってきたとしても、そこから立ち直る力をつけてほしい。もう1つのこだわりがエシックス(倫理観)。将来、海外で働くときに、これは本当にいいことなのかどうか、自ら問い直せる力をつけてほしい。絶対的な倫理観を持ち、自分で考えて自分で行動し、世界的に活躍していく。そんな人材を育てることを目的に、3つの専門学問領域の柱の1つにエシックスを組み込みました。

渡部真由美氏にご自身の経歴と
活動についてお伺いしました

渡部氏

渡部氏Q.渡部さんの経歴をお聞かせください。
A.人道支援の現場経験を経て、国連本部で働きました。

ロンドン大学を卒業後、NGOから派遣されて紛争の現場に赴き、緊急人道支援並びに復興支援に従事しました。その後JICA(国際協力機構)勤務等を経て、最終的にはニューヨークの国連本部で緒方貞子さん※が関わられた人間の安全保障を専門とする部署で働かせていただきました。
※日本の国際政治学者であり、独立行政法人国際協力機構理事長、国連人権委員会日本政府代表、国連難民高等弁務官、アフガニスタン支援政府特別代表を歴任。

Q.どのように英語を学ばれたのですか?
A.親の反対を押し切って留学しました。

高校時代、私にとって国連はとても遠い存在でした。ある日、高校の先輩が国連に入ったと聞いて「えっ、この高校の卒業生で国連に行く人がいるの?」とぐっと距離が近くなった。国連を目指すためにてっとり早く必要なのは語学と専門性。「なんだ、留学すれば両方手に入るじゃないか」と。両親は留学に猛反対でしたが、最後は布団をかぶっている父の枕元で土下座して「行かせて下さい!」と頼み込みました。自分の娘が土下座してまで行きたいという気持ちをどうするのか、両親で話し合ったそうです。こうして親の猛反対、まわりの無謀だという声をふりきって私はロンドンに飛び立ちました。それが初めて海外渡航でした。

Q.国連の職員になりたいという夢に一歩踏み出せた決意とは?
A. 日本の大学を退学。逃げ道を全部捨てて覚悟を決めました。

人生は一回きりです。私が今生きている意味は何だろう。自分の中でそういった想いが強かったのは確かですね。中にはダメかもしれないと一歩を踏み出せない人もいます。私の場合、ダメかもしれないと思った時に決意と覚悟があった。どうやって覚悟したかというと、全て捨てました。大学を退学したんです。両親はせめて休学して行けばと言いましたが、それは自分の甘えになる。苦労することもたくさんあるかもしれないけれど、自分の生きる意味を探す覚悟というのがその時の決断において大切だったのではないかと思います。

Q.ロンドン留学から人道支援の道へ進んだ経緯は?
A.指導教員の先生に「現場に出なさい」と言われたことがきっかけです。

国連に入りたいとロンドンの大学に留学したわけですが、向こうの指導教員の先生には「君はロンドンまで来て官僚になりたいのかい?」と鼻で笑われました。いや、そうではなく自分が世界のために何かできるのではないか、自分の生きている意味を感じたいから国際協力の仕事をしたいと言うと、「ならば、まず現場に出なさい。君がやりたいということをその目で見てきなさい」と。そこで卒業後、紛争後の人道支援の現場に行こうと決めました。今となっては、その先生にはすごく感謝しています。最初に行ったのはヨーロッパのコソボ。当時はまだユーゴスラヴィアの一部で、紛争のために難民が80万人くらい出ていました。

Q.コソボではどんな仕事をされたのですか?
A.家を失った難民の方の緊急支援です。

紛争後ですから家はみんな壊されている。冬がくるとマイナス40℃にもなる地域で、難民の方が無事冬を越せるよう家を修復するという緊急支援を行いました。日本政府からの予算は7億円ほど。スタッフは100人。当時25歳だった私が彼らを束ねる仕事をさせられました。これには本当に胃が痛くなる想いでしたね。凍死者がでたら自分の責任だし、スタッフの健康状態や福利厚生も考えないといけない。コソボでは多くの人が虐殺されて埋められていて、皆が肉親の行方を探して地面を掘っているんです。私はその現場も、出てきたものを見ました。地面から父親のベルトが出てきて号泣している人々を見た時、ああ、人間っていつか死ぬんだ。限りある命で永遠はないんだなと。それからコソボには3年間いました。ここでの経験が教えてくれたのは、人間の弱さと強さ、優しさ、地球の裏側からやってきたアジア人の私に対して家族同然に接してくれる温かさ。人道支援という仕事に出会えて感謝しています。

Q.その後、どのような経緯で国連に入られたのですか?
A.国連の問題点をじかに見極めたいと考え、試験を受けました。

現場にいて感じたのは、「国連の人は仕事をしない」ということ。すぐに休暇をとってしまうし、本当にちゃんと仕事をしているのは国際NGOなどの現場に出ている人なんですよ。このままNGOにいようかとも考えたのですが、入ってもいないのに国連を批判するのも嫌だった。実際に入って問題点を見たいという想いもあって試験(外務省主催国際機関派遣制度)を受けました。試験を受けるには現場経験が必要なのですが、そこは私の中で確たるものがあったので、比較的すんなりと国連への切符を頂きました。本当はパレスチナの現場を希望していたのですが、「本部の理論を学ぶことも必要」と諭され、ニューヨーク本部に着任しました。

渡部真由美氏 清水耕介教授

清水耕介教授が語る
渡部真由美氏の出会いと交流

清水教授

清水教授渡部さんを訪ね、無政府状態のコソボへ。

渡部さんとはロンドンで出会いました。初めて会った時は、正直あまり英語ができないな、僕の方ができるなと思った(笑)。僕も留学で英語を身に付けました。留学先では先生からいきなりチュートリアルを週に5コマも担当させられ、それから半年間はもう泣きそう。毎日すごく勉強して、授業に行って学生たちと話をして。最後は意地しかないですね。それで結果的に英語を話せるようになりました。変に自信を失わないことも大切です。やれると思えばたいていのことはやれるし、わからなくても相手の英語が悪いと思うくらいでいい。今でも僕はそうしています。渡部さんからコソボにいるとメールをもらった時、チャンスだと思って現地まで訪ねていきました。当時、コソボは無政府状態。めったにできない貴重な経験ができました。見渡す限り虐殺された人のお墓が並んでいる場所に立った時、なぜこの人たちが死んで、自分は生きているのだろうと。生きる意味を問いかける気持ちが湧き上がってきました。

受験生や学生、若者に望むこと

今の社会で求められる力、リーダーシップを
発揮するために必要な能力とは?

渡部氏

渡部氏真の美しさがある本物の人間力を養ってほしい

この質問に答えるにあたり、3人の人物をご紹介したいと思います。国連の難民高等弁務官でいらした緒方貞子さん。イラクで国連事務総長特別代表をされていたセルジオ・デメロ氏。私の友人で国連職員のジャン・セリム・カラン氏。デメロ氏とカラン氏は残念ながら2003年8月、イラクのバグダッド国連本部ビルで起こった自爆テロによって亡くなりました。カラン氏は生前、生まれてくる自分の子どもに対してこんな言葉を送っています。「男の子であろうと女の子であろうと、頭がいい子であろうとなかろうと、美しい子であろうとなかろうと、いつも人々の見る目によって異なる基準よりも僕にはもっと大切なことがある。君が真の美しさを身に付けることだ。物事をいつも正しく感じ取る人々が大切にしてきたあの美しさ。それは人が目で見ることはできない」この3人の優れたグローバルリーダーに共通するのは、ここで語られている「真の美しさ」があることだと思います。人に対する敬意がある。一言でいうと人間力という言葉かもしれません。こういった本物の人間力というものを養えるようになるのが大事です。そのためには自分自身にいろんなことを問いかけていかなくてはなりません。若い世代には、それができるような力をつけていってほしいと思います。

清水教授

清水教授これからは真のコミュニケーション力が問われる

社会で何が求められているかというと「ちゃんと人と話せる」という当たり前のこと。今、言葉を発することのない子どもたちがすごく増えています。やりなさいと言われたことをやる能力は高いものの、コミュニケーションができない。大切なのは挨拶から始まり、話をしてコミュニティを作っていける能力です。海外に出ていくと、相手には違う考え方・違う経験・違う歴史があり、それを理解したうえで自分の考えを伝えていかなくてはなりません。今、日本が孤立化していると言われており、外交でも明らかにコミュニケーション力が失われてきている。これからは、本当の意味でのコミュニケーション力を持つ人が必要とされると思います。

龍谷大学国際学部グローバルスタディーズ学科が
求める人物像とは?

清水教授

清水教授日本で生き辛いと思っている学生こそ、 可能性がある

いろんなことを勉強する中で「本当にそうなの?」と思えるかどうかが重要だと思います。しかし、日本の受験システムではそれを忘れないと点数がとれない。ちゃんと疑問を出して自分なりに考えて答えを出すというプロセスを経験していない。僕自身、日本で勉強している時からそこにひっかかっていました。日本では「本当にそうなの?」と疑問をぶつけると「ややこしい人」になってしまう。そういう意味では僕は日本ではダメな人なんです。ですから、イギリスやニュージーランドに留学した時、自分は間違ってなかったと思いました。ご存知の通り、日本の国際化というのは非常に遅れています。今、日本で生き辛いと思っている学生さんには是非僕たちと一緒に勉強して海外に行ってほしい。そして、その疑問を開花してほしいですね。日本のスタンダードに乗ってしまうと海外はで活躍できません。それが正しいと思うことなら世界的に追い求めていってほしいです。

渡部氏

渡部氏生き辛くとも「出過ぎた杭」となってほしい

日本の社会において「出る杭」は打たれます。でも「出過ぎた 杭」は打たない。むしろ評価されます。社会の中では生き辛いかもしれません。しかし、学生の皆さんには海外に出て、もっと出過ぎてほしい。こんな素晴らしい学科が作られるのであれば、ここでどんどん「出過ぎた杭」となる人材を育てていただきたいですね。

トークセッション Q&A <当日回答>

ニューヨークの国連の本部は実際に行ってみて、渡部さんが見たもの、感じたこととはどんなものでしたか?

崇高な理想を掲げ、素晴らしい仕事を目指してやっている組織だと思います。しかし、「やっぱり官僚だな」と感じる部分もあって、例えば、9時5時で帰る、お昼は2時間帰ってこないなど、モラル的にどうかと思ったことも。もちろん、一方では紛争を無くすために必死で働いている人も大勢います。要は国連も普通の職場であり、そこではいろんな人がいるということ。紛争の処理、平和構築をやりたいのであれば、国連は1つの職場の選択肢であり、手段です。決して目的として「国連を目指す」という話ではないのだと感じました。【渡部真由美氏 回答】

平和って何だと考えておられますか?私たちが平和のためにできることは何でしょうか?現場で働かれた方のお考えが聞きたいです。

平和な社会というのは目に見える暴力がない社会ではありません。差別や貧困といった見えない暴力が平和を壊す可能性もあります。私の中の平和は、皆さんが心に安心感、安寧というものを持てる社会だと思っています。人道支援をやってきてわかったのが、紛争がなくなったからといって平和になったわけじゃないということ。厳密な意味で「今の日本に平和があるのか?」というと、それはどうかと思います。【渡部真由美氏 回答】

平和の対比として戦争がよく挙げられますが、戦争がない状態で僕らが平和に暮らしているかというと、渡部さんがおっしゃった通りそうではない。戦争と平和が必ずしも反対語になっているわけではない、別の定義があり得るのではとすると、僕は自由を挙げます。平和と自由が基本的に同じで、その反対語が暴力。全ての人が自由に行動できるのがおそらく平和なのだと思います。逆に強制され、コントロールされている社会は平和と呼べない。平和な社会の実現は、僕が生きている間に達成されることはないでしょう。しかし、それに向かって努力し、生きていくことが重要なのではないでしょうか。【清水耕介教授 回答】

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